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大掃除(2)

なんとか留守にできる程度には綺麗になった。ごみが出せなかったのが痛いがまぁよしとしよう。

いろいろ不要なものを捨て既にあるものを効率良く利用するように工夫すると、同じ部屋なのにだいぶ使い易くなる。あーなんて気持いいんだろう。

部屋を綺麗にするより、綺麗にした部屋を維持するほうが難しい。昔まだ実家で生活していたころ、一人ぐらしをしていた友人宅の大掃除をしたことがあったっけ。部屋が汚れている度合を縦軸にとり、時間の流れを横軸にとるとする。部屋が汚れている度合の推移は、たいていの場合のこぎり波のような形状となる。そのころ僕は友人に「のこぎりの振幅が小さくなるようにしろ!」とよく言ったもんである。ようするに、こまめに掃除せい、ということだ。長い周期で大掃除レベルの掃除をするよりも、日常的に細かく掃除したほうが絶対衛生的じゃろ?ということなのだが、まぁたいていの物事と同じように自分でやってみるとそんなにうまくいかないことがわかる。逆に考えると、日常的に細かい掃除ができないからこそ、年末に大掃除をするのだ、とも言える...。

ともあれ、掃除を積極的に一生懸命やると非常に気持いい。一箇月に一度、国民の義務としてくれてもいいくらいだ。そのかわり休日にして掃除しかしちゃいけないことにする。すげー名案。


20世紀の終り

ところで20世紀ももう終る。僕がまだもっと若かったころ、学研(もちろん科学)に「21世紀にはこうなる!」といったようなものがあった。ごくありきたりな未来予想図ではあったが、少年だった僕は「ふーん21世紀はすげー世の中になってるんだなぁ」と思うと同時に、そのとき自分は25歳になってるのかーえれぇ大人じゃのうと思ったものだ。予想はあくまで予想であって、車はあいかわらずアスファルトの道路の上を排気ガスをまきちらしながら走ってるし、ロケットで宇宙旅行ができるのはまだ当分先の話になりそうだ。そういう意味ではかなり裏切られてることになるのだが、逆にあのころ想像すらできなかったようなものがどっさりあるので、結局+-0ということかもしれない。

綺麗になった部屋で紅白を横目で見ながら鍋をつつき、クラッシュバンディクーでひとしきりもりあがっている間に、いつのまにか21世紀になってしまっていた。なんか大事なものを見逃したような、一瞬残念な気持になったが、はっきりいってごく普通のありきたりな年越しである。やたら記念したがる気持は自分にもおおいにあるけど、やっぱり「ごくふつうのありきたりな」ものこそが大事なんだなぁと思う。

来年もこんなふうに年越しできたらいいなぁ。


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